こぎんとりんご栽培の歴史は刺し違えたのか

青森りんご歴史伝承家 木浪真由美です。

2年ほど前、初めてゆめみるこぎん館に行った時、

館長の石田舞子さんから聞いたお話し、

「この津軽一帯の農家の女性たちが

明治40年頃から、

ぱたりとこぎん刺しをしなくなった」

その頃りんご栽培はどんな状況だったのか

調べたのです。

明治37・38年ごろから外崎嘉七の号令で

始まったりんごの袋かけが有効とわかり、

袋づくりの内職が始まった時期でした。

舞子さんのお話しでは、

麻布に麻糸や木綿を刺す労力は全体の1割くらい

9割の労力は麻から麻糸を紡ぎ、

機を織って布にする手間ひまなのだとか。

明治27年には奥羽本線も開通しているので

津軽では寒すぎて栽培が出来なかった木綿も

手に入りやすくなっていたと思うし、

なので想像するに袋づくりの方が収入になる訳です。

こぎん刺しの文化と

りんご栽培の歴史を重ねる事で見えて来た

津軽の女性たちの生き方

古作こぎんに囲まれながら

舞子さんのお話しを聞いている

穏やかな時間を過ごす事が出来ます。

昨年ロンドンでの展示会も開催され

最近は外国からのお客様も増えています。

ゆめみるこぎん館

予約してご来館下さい。

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「地酒とりんごの漬物歴史ツアー」

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