満天姫の連れ子直秀を婿養子にしてくれた
大道寺隼人直英から数えて12代目
弘前藩最後の家老の一人として、
明治維新の激動を生きた
大道寺繁禎の歴史を辿ったバスツアー無事終了!

やり遂げた後は、溜まり過ぎた原稿締め切りと
組み込み過ぎた取材アポに追われ
やっと昨日、弘前市出身の日本画家
成田太古(たいこ)の娘さん佐藤善子さんと
会う事ができました。

成田太古はりんご栽培のパイオニア
菊池楯衛の甥で野澤如洋に師事しその後、
岸派を学んだ柴田画禅に弟子入り。

明治32年日本美術協会展褒詞を受け、
43年には同会員になったほか、
巽画会員、国民画会を結成し幹部となりました。
大正時代は誠和会や真美会展に出品。
昭和に入り北海道美術協会審査員、
漱青会結成。県観光美術協会、
県日本画家連盟各顧問を務め、
昭和41年県褒賞、43年に弘前市政御80周年記念褒状、
46年県文化賞受賞、郷土の先人顕彰展出品など、
昭和59年4月26日100歳を迎えて他界するまで、
画業一筋に励み、本県日本画界に大きな業績を残しました。
~平成元年4月18日陸奥新報記事より~

善子さんに会う事ができたご縁に感謝し、
「私、太古さんの絵を見た事がないのです」と打ち明けると、
遺品を沢山見せてくれたその後で、
「そういえば、旧弘前市立図書館にも一枚ありますよ」
と、善子さん。
慌てて、携帯のアルバムを探すと
取材やツアーで撮りためた中にあったんです!

成田太古の絵は大道寺繁禎が12年間座っていた
館長室のデスクの窓際の壁にありました!!!
という事は、この館長室には、
石田三成末裔の杉山濤之進と大道寺繫禎の写真
そして成田太古の日本画が存在するという、
私にとってパワースポットのような空間!
だったのですね。

歴史は知らないうちに体の一部となり
私達と共に生きている。
なぜその場所に何度も行きたくなるのか
ずっと後になって腑に落ちる日が来たりする。
めぐりあわせが重なる時感じる
「見守られている感」は
多かれ少なかれ皆さんあるのではないでしょうか?
先人に感謝です。

来年のイベントや歴史バスツアーもご期待ください
2026年
12月6日(日)第1回あっぷるぱい(牌)名人戦平川市
2027年
1月21日(木)紅白梅図屏風と哲学対話 藤崎町
2月14日(日)信英公と黒石藩忍者そして満天姫お話し会 黒石市
2月23日(火祝)第6回あっぷるぱい(牌)世界選手権大会平川市
3月22日(月祝)満天姫祭 黒石市東照宮
3月24日(水)信英公と満天姫歴史ツアー
3月28日(日)なかさん満天姫お話し会
5月1日(土)津軽家の墓守長勝寺歴史ツアー
5月8日(土)マメコバチとりんごのお花見歴史ツアー
6月地酒歴史ツアー その他





