【国宝】紅白梅図屛風と弘前藩の歴史

【国宝】紅白梅図屛風

この屏風は、尾形光琳が54歳の時に描いたもので、

弘前藩津軽家の依頼で作成され、

5代藩主信寿(のぶひさ)の長男信興(のぶおき)と

近衛家から嫁いできた綱姫の祝言に使われたものです。

4代藩主信政と尾形光琳は親交があり、

5代藩主信寿(のぶひさ)が作成を依頼したと考えられています。

1716年2月21日、江戸の津軽屋敷で行われた婚儀では、

白梅の前に信興、紅梅の前に綱姫

二人の背景を飾る慶事の梅となりました。

信興は優秀で将来を期待され、

立派な跡取りになるはずでした。

しかし、1729年江戸の街で流行病が広がり

江戸市中は正にパンデミック

綱姫が感染。あっけなく亡くなってしまいます。

翌年、信興も感染し亡くなりました。

二人には長男勝千代(10歳)、照姫(9歳)、

秀姫(1歳)が生れていて、

さぞかし無念であった事でしょう。

勝千代はのちの6代藩主信著(のぶあき)となっています。

そのお二人のご位牌が長勝寺にある事と、

この屏風のレプリカが青森市にある事が分かり、

3月29日(日)の満天姫お話し会に設える事になりました。

屏風の前にご位牌をおいて、

信興様と綱姫様にもう一度座ってもらっては

どうだろうという事になったのです。

屏風のレプリカが存在する事は知坂元さんに聞きました。

そもそも、知坂さんの著書

『卍の至宝』を読むまでこの有名な紅白梅図屛風が

弘前藩所有だったこと自体知りませんでした。

尾形光琳というビックネームと

この作品自体の迫力で満足し、

歴史まで知ろうとしなかった私でした。

東京空襲で燃え盛る弘前藩津軽屋敷から

奇跡的に搬出された紅白梅図屛風

正に『卍の至宝』

今は日本の国宝として伝わるこの屏風のレプリカとはいえ、

長勝寺で拝観できることなど想像できたでしょうか。

どうか皆さん、この機会にぜひご覧ください。

定員60名まであと15名となっております。

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国宝・紅白梅図屛風 静岡MOA美術館
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