先日、長尾牛乳の始まりを書きました。
明治17年長尾介一郎が谷量舎という牛乳会社を設立。
よくお乳を出す牛を仕入れたいと思った時、
牛の目利きとしてその大役を任されたのが
後にりんごの神様と呼ばれる、外崎嘉七でした。
外崎嘉七は、大道寺繁禎が作った農牧舎という
酪農会社に妻と住み込みで働き、
多くの牛を管理する中で、牛の何たるかを習得し
その経験を持って県内を走り回り
野辺地で一頭の雌牛を見つけ、予算内で交渉し
長尾に引き渡しましたのです。
のちにこの雌牛は3頭の雌牛と7頭の雄牛を生み
毎日豊富な乳を出し、稼ぎ頭となっていきます。
介一郎の長男富士麓はこう書き残しました。
「明治維新後、廃藩置県の影響として、
弘前藩の士族共も大半は貧乏のどん底にいました。
亡父介一郎もその一人でした。
農牧舎の経理を任されてはいましたが、
牛に関しては全くの素人同様である為、
父は外崎翁に牛の相談をしていたのです。
外崎嘉七に関する伝記はりんごに関するものが大半である為、
今回発見した書籍を読んで解った歴史です。
その外崎翁の従弟の孫にあたる方がいます。
昨年まで和料理なかさんの料理長を務めていた外崎さんです。
この方も翁のようにお酒をこよなく愛し破天荒な方ですが、
後輩の面倒見の良い方だと聞いております。
私は7年ほど前から、その方のお料理を食べてきたので
その細やかな気配りを想像する事ができます。
気が付いた時には、歴史は体の一部になっている。
料理長が外崎嘉七の親戚だと知った時は
りんご栽培の歴史伝承を始めた後だったので
本当に驚きました。
そもそもなかさんは創業239年
農牧舎を作った大道寺繫禎も
りんご栽培を率いた菊池楯衛もなかさんの常連でした。
どうやっても不思議と繋がってしまうのです。
ぜひ皆さんも老舗の味をご堪能下さい。
http://suigeturo.com/
11月23日のイベントはチケット完売となりました。












